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分かり合える世界を求めてる

なぜ人は先入観を持ってしまうんだろう。

どうして人は決めつけでコミュニケーションをとってしまうんだろう。

 

仲間同士でそんなことをするのはどうしてなんだろう?

 

親の宗教で、誤解をされるのが怖かった。

友達を呼ぶときも、バレないようにしないと、って色々隠したこともあった。

 

噂や肩書きで人を判断してしまうのは、人の性なのか?

もっと分かり合えればいいのに。

俺にとっての成長の意味

楽しさを感じられる幅が増えると思うから、成長を求める。

正直.今の視座だと、メディアの記事を書くとか、数字と事実の相関(見えない共通点)を発見するとか、関心のある事業に関わることくらいしか仕事を通して楽しいと感じられる幅がない。

 

成長は俺の定義だと、できることが増えるという意味。

できることが増えたら、視座が上がって、仕事の中で楽しさを感じられる幅が広がるんじゃないかと。

そうすれば飽きないし、楽しみ続けられるじゃん!

部分ではなく、全体。

中学のとき、バスケを始めた。

見た目にかっこいいドリブルを習得したくて、昼夜を問わずボールに触り、練習した。

しかしレギュラーにはなれなかった。

そのとき感じたことは、早く始めてきた奴の歴史には敵わないということだった。

 

高校ではハンドボールを始めた。どうしてもレギュラーでプレーしたくて、経験者の少ないスポーツなら俺でも、と思ったのだ。

仕組みがハンドボールと似ていたこともあり、始めて半年でレギュラーに定着した。

しかし、3年次で後輩にその座を奪われた。

またも俺は歴史に敗れたのか?

 

そうじゃない。

俺は目先のことに気を取られていて、全体が見えていなかったんだ。

中学のときはドリブルに目を取られて、他のプレーは意識の外だった。

高校のたきは、オフェンスに目を取られて、ディフェンスは意識の外だった。

 

部分に気を取られて、全体が見えていなかったんだ。

 

大学で始めたラクロスでは、新人MVPを獲得したが、そのとき意識していたのはハンドボールやバスケに共通するスポーツの原則だった。

「点を取るためにスペースを作る」そのために人が動く。

これがボールゲームの全体だったと思う。

 

どれも今振り返って感じることだ。

俺は部分にとらわれがちなタイプなのだ。

 

では部分に囚われないためには、どうしたらいい?

それは「経験と教養」だろう。

俺の場合、バスケ・ハンド・ラクロスという経験を追って、ようやく<全体>という原則に行き着いた。

しかしこの原則はボールゲームの中の話だ。

より多様なジャンルを自分の目で見て、体験して、本気で打ち込んでこそ、本当の<全体>に行き着くだろう。

 

そして教養だ。教養には先人の知恵とたくさんの視点が詰まっている。

先人の言葉を意識して物事に取り組めば、修得は早くなるだろう。

筋トレで鍛えたい筋肉のことをイメージしながら取り組めば、そこが早く鍛えられることと同じだ。

そしてたくさんの視点は、私たちに自由なモノの見方を与えてくれる。

 

『数字「だけ」追い続けるリーダーはチームを壊す』

www.huffingtonpost.jp

「なぜやるのか?」をメンバーが十分に納得した状態で、適切な数値目標を置いて改善を繰り返すことでチームは前に進みます

 

以前、粋で広告収入の目標値を追うことだけに必死になっていたことがある。

営業部長という役割で、そこが未達になると雑誌が発行できないからだ。

だから収入を確実に保つため、チームを作っていたし、メンバーにはそのためだけに動いてもらっていた。

 

そこに彼らは意味を見出せていただろうか?

何のために営業をしているのか、腹落ちしていただろうか?

自分たちが粋の発行を支えているという自己効力感を感じられていただろうか?

 

その答えは、引退する間近に営業部の1年生2人が辞めた事実が、それを示している。

チームを率いるには、明確なビジョンや部署の役割を示し、それに対して意義を感じられる人を採用する方が上手くいく。

最初からそうではなかったとしても、そう感じられる風土を醸成していくことがリーダーの役割なのだろう。

人は見た目でモノゴトを判断してしまう

ヒトっていうのは見た目や噂に騙されてしまう生き物です。

私は昔保育園に通っていたのですが、毎日送り迎えをするのは母の仕事でした。

父の写真スタジオを手伝っていた母はいつもジーンズ。くせっ毛な短い髪もあって、さながらヨーロッパの青年のようでした。

 

その母がある日長いスカートを履いて迎えにきてくれたんです。

そのとき3歳の私は驚いてこう叫んだそうです。

「お母さん!なんで男なのにスカート履いてるの!だめだよ!」と。

 

ヒトは知らないと勝手に勘違いしちゃうんですね。みなさんも気をつけてください。

人生のテーマ

自分らしさをもって、日本社会に貢献する

 (究極の自己満足)

自分らしさ = ワザ × 在り方

 

社会人になった暁には、ワザと在り方を磨くことで、日本社会に貢献していきたい。

ワザを磨くとは、スキルをつけること。

在り方を磨くとは、自分の特性を把握し、活用していくことである。

これは決して順応していくということではなくて、むしろ自分の特性を組織に浸透させていくという意味合いが強い。

例えば、自分が偏見を持たない性格であるならば、チームに先入観を持たずに関わりあう文化を伝播させていくというような形だ。

【毎日更新】今日のよかったこと3選!

(2017/4/30)
55:
54:
53:

(2017/4/29)
52:何もしないで1日過ごせた
51:空腹に耐え忍べた
52:寝るに寝られた
(2017/4/28)
51:しゃべるカード再生できた
50:かえでぃーの無事を確認できた
49:最終面接、笑顔で喋れた